【FXライター高城のFXで稼ぐ方法は勝者に訊け!】戸田裕大さん(その1) 元メガバンクの為替ディーラー
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今週から、戸田裕大さんについてのコラムが始まります。
⇒戸田裕大さん(その1) 元メガバンクの為替ディーラー
⇒戸田裕大さん(その2) テニス、為替、10年で得た自信
⇒戸田裕大さん(その3)人民元は「絶対的な買い通貨」
⇒戸田裕大さん(その4)人民元のクセを利用する
■コロナ禍の爆発直前、中国から帰国
「中国から日本へ戻ったのが2020年2月。ちょうど新型コロナウイルスが爆発的に広まる直前でした。中国にいては、中国について書くときに配慮しないといけない。『いつか中国を出ないといけない』と思っていたタイミングのことでした」
そう振り返るのは三井住友銀行で為替ディーラーを務め、現在は投資家向けに情報発信やセミナーなどを行なう戸田裕大さんだ。
「入行して最初に配属されたのは麹町支店でした。為替ディーラーになったきっかけのひとつが麻雀。よく上司と麻雀をしていたんですが、『お前は忖度せずに上がる、そんな資質はディーラー向きだ』と評されてディーリングルームへ異動になりました」
辞令が出たのは2009年。リーマンショック翌年のことだった。
「右も左もわからず、アメリカの経済指標を見て『雇用統計が強いからドル買いだ』なんてところからスタートしました。もちろんそれだけでは勝てず、周りの人の見様見真似をしながら学んでいきました」
ちょうどこのころ、日本ではFXが盛り上がり始めていた。
■FXの「裏側」を担当する
「FXと縁があったんだと思います。当時は個人向けFXの『裏側』も担当していました。FX会社からのカバーを受けたり、プライシング(レート提示)のロジック開発に携わったり、イベント時のスプレッドの調整をしたり――。相場が動いたときにはFX会社から驚くような本数の玉が飛んできて、FXの盛り上がりを肌で感じました」
戸田さん自身が大きなポジションを持つようになるのは3年目、ボードディーラーになってからだった。
「花形は米ドル/円の担当ですが、経験の浅い僕の担当は欧州通貨。メインはユーロです。日本企業の顧客が多かったこともあり、中でもユーロ/米ドルよりもユーロ/円がメインでした。ちょうどそのころ始まったのがアベノミクス。1ドル80円から120円へと駆け上がっていき、金融政策の重要性を肌で感じたのもこのころ。『やっぱり中央銀行が為替市場のキープレイヤーなんだ』と」
■「10年でやっと為替が理解できた」
ディーラーとして5年間を過ごし異動となった戸田さんだが、次の担当はやはり為替。ただし、ディーリングルームを飛び出してカスタマーサイドの担当となった。顧客への為替相場の情報提供や為替リスクの管理が主な業務だ。
「カスタマーサイドでの経験は大きかったと思います。周囲を見ても、上手いディーラーにはカスタマー出身の人が多かった。なぜかと考えると、世界で何が起きているのかを顧客へ説明するには広い視野での知識が必要とされたから、なのではないかと」
ディーラー時代は短い足を見ながら、あるいは顧客注文に対応しながらの短期勝負だった。
「9時から5時に全集中、終わったらスクエア、みたいな。日計りの取引ばかりでしたから、そこに相場観があったかといえば、少なくとも僕のレベルでは、ありませんでした。テクニカルとファンダメンタルズ、両輪が備わったのがカスタマーサイドへ行ってからだったんです。合計10年の経験で、僭越な言い方ですが、為替が理解できたと自信もつきました」
戸田裕大さん(その2)へ続く。
戸田裕大さんのコラムは全4回となっています。
⇒戸田裕大さん(その1) 元メガバンクの為替ディーラー
⇒戸田裕大さん(その2) テニス、為替、10年で得た自信
⇒戸田裕大さん(その3)人民元は「絶対的な買い通貨」
⇒戸田裕大さん(その4)人民元のクセを利用する
【プロフィール】
戸田裕大さん
2007年中央大学法学部卒業後、三井住友銀行へ入行。外国為替業務を10年間担当し、ボードディーラーとして1日数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本のグローバル企業300社、在中国のグローバル企業450社の為替リスク管理に対する支援を実施。現在は「為替から世界を学ぶ」をコンセプトに個人投資家向けの為替セミナーや執筆を行なう。著書に『米中金融戦争 香港情勢と通貨覇権争いの行方』。